静かな患者様

タニダ歯科医院ブログ

西宮市の「タニダ歯科医院」がお送りするブログです。

静かな患者様

こんにちは。訪問歯科医師の村山です。
タニダ歯科医院では施設への訪問だけではなく通院困難となられた方の居宅へも訪問しています。
これからお話しする内容は3年ほど前のこと。
私にとって印象に残る患者様です。

タニダ歯科医院の外来に通院しておられましたが病気の影響で通院が大変である、と在宅往診を希望され私が担当させて頂く事になりました。
季節は秋で風が冷たくなった頃、初回診療を迎えます。
ベッドで横になった男性と、付き添われる奥様へご挨拶と訪問診療のご説明、希望なさる事を伺いたいとお話しするのですが、
患者様であるはずの男性は口数少なく何も希望されません。
奥様から「病の影響か薬なのか、味がしないから、何も食べたくないと言う。食が細い。手足が冷たく辛いみたい。」と教えて頂きます。
歯は虫歯があるものの一切の治療は望まれず、虫歯が進行し痛みが出ない様に口腔ケアを継続することで同意下さいました。
それなのに、その後も訪問しますが挨拶だけであとは静かに目を閉じて受診なさり訪問診療を必要とされていない印象を受けます。
私の中で「身体が辛いにしても往診を面倒に思われている気がする…なぜ訪問を希望なさったのだろう。
ただ、どうしたら身体が少しでも楽に、また訪問歯科を受けて良かったと思ってもらえるか。」考えます。
奥様がヒントを下さり「洗面台で長く立って磨く事が苦痛みたい」と聞くと腰掛けや足元のヒーターのご提案、
ベッドサイドでもできるブラッシングのコツをお伝えする。
「何も食べたくない」と聞けばスープや葛湯はどうか、少し生姜を入れると温まる。とお話し。
唾液が少なくお口の乾燥が原因で味を感じにくい可能性もあり訪問の都度、ケアの後に唾液腺マッサージを行いました。
ある時、いつも通り立ち会いなさる奥様とお話ししながら私は患者様のマッサージを行っていました。
すると突然「妻には感謝しています。」とご本人様がおっしゃるのです。
大変小さいのですが久しぶりにお声を聞きました。
「先生が提案した事はだいたい取り入れてやってくれています。」との事。
「素敵な事をおっしゃるのですね。ところで私のご提案は嫌ではございませんでしたか?」の問いには「大丈夫」と頷かれるだけでした。
あまりにお声が小さく、奥様には会話が聞こえておらず、衛生士からはあとから何とおっしゃったのか聞かれるくらいでした。
診療中に少し強く奥様へ話される事もあり、失礼ながら「亭主関白で頑固な方」と思っていたのですがそんな方からの素敵な発言に驚きました。
体調の変動もあったのでしょうけれども、その日からは少しお気持ちを教えて下さるように、お声が聞けるようになりました。
患者様は医療の知識が十分ある方でしたので、ご自身のことや痛みや辛さの対策はご本人が一番よくわかっておられたでしょう。
「何をお考えになっているのか知りたい」という私や奥様の気持ちを察して下さったのか
ご自身のことを話して、少し心を開いて下さったのかと、今では理解しています。
歯科がいない時でも奥様との会話時間が増えたようで「今までなら”言わなくてもわかるだろう”と思っていたのでしょうけど、
最近はどうしてほしいとか本人がしゃべるようになったんです。」と奥様がこそっと教えて下さり、療養を見守られる奥様の笑顔も印象的でした。
年末の最終診療日、私は衛生士と整列し「本日で年内は最終となります。どうぞ温かくお過ごし下さい。良いお年をお迎えください。」とご挨拶。
「皆さんもね。また来年。」私達皆に聞こえるお声で、初めて少し笑顔をみせてくださいました。
10日後、患者様は旅立たれました。

総診療回数は10回ほどだったのですが私にとって濃く温かい時間を過ごすものでした。
毎年この時期にはこの患者様を思い出します。