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矯正治療中において下顎を中心位に位置づけるための一考察

矯正治療中において下顎を中心位に位置づけるための一考察
A consideration for locating a mandible in centric relation during orthodontic treatment

田中勝治, 義澤裕二*
Katsuji Tanaka, Yuji Yoshizawa*

田中矯正歯科医院(岐阜県大垣市開業),
*アスカ矯正歯科クリニック(千葉県柏市開業)
Tanaka Orthodontic Office (Ogaki city, Gifu Pref.)
*Asuka Orthodontic Office (Kashiwa city, Chiba Pref.)

緒言
近年、R. H. RothらによりCondylar Positioning Indicator (以下C.P.I.と略す)、Axi-pathなどの下顎の機能診査を診断の一助としてとり入れ、下顎を中心位に位置づけた上での咬合の確立を治療目標とする矯正治療が行われている1)ー4)。
具体的には、顎関節に障害があるケース、C.P.I.データにより中心位と最大咬頭嵌合位のディスクレパンシーが大きいケース、左右非対称のケースなどの顎位が不安定な場合にはスプリントにより顎位を安定した後、矯正治療を行う。矯正治療にはS.W.A. (Straight Wire Appliance)すなわち歯の解剖学的情報を組み込んだブラケットを用いることにより矯正治療の簡略化をおこなっている。これらの診断から治療までの一連の体系化されたシステムにより、従来の矯正治療をより正確で確実で簡便なものとした。このことは近代矯正歯科界に多大な貢献をしたと思われる。
しかし、矯正治療中にスプリントを装着することは困難なため、顎位が不安定になったり、顎関節症になる症例も稀に経験している。そこで今回の目的は、矯正治療中に下顎を中心位に位置づける試みを行った結果、良好な結果が得られたので報告する。

症例
A.患者:
初診時年齢15歳3カ月の女性。主訴は上顎前突、口元の突出である。側貌においては上下口唇の突出が認められる(図1)。第一大臼歯の咬合関係は両側とも・級でオーバーバイトは2mm、オーバージェットは2mmである(図2)。上下顎前歯部には叢生(アーチ・レングス・ディスクレパンシー:-4mm)がほとんど認められない(図3)。中心位での咬合器付着状態を図4、5に示した。上顎左側第一小臼歯頬側咬頭内斜面と下顎同側第一小臼歯頬側咬頭にファ-スト・コンタクトを認める(図6)。治療前のC.P.I. を図7に示した。側貌セファロを図8に、正貌セファロを図9に示した。パノラマX線写真を図10に、顎関節規格写真を図11、12に示した。

B.診断:
ブレイキー・フェイシャル・パターンでオトガイ筋の緊張をともなったアングル・級上下顎前突である。

C.治療法:
下顎前歯部の位置(L1 to APO;+7mm)、アーチ・レングス・ディスクレパンシー; -4mmなどから上下顎左右第一小臼歯抜歯とした。V.T.O. (Visual Treatment Objective)5)を図13に示した。

D.治療経過:
'95年12月26日(治療開始)バンディングおよびボンディング。上下顎.0175レスポンド・ワイヤーにてレベリング開始(図14)。'96年1月19日(治療開始1ケ月後)上下顎.016ニッケル・チタニウム系ワイヤ-(以下Ni-Tiと略す)にてレベリング後、'96年5月8日(治療開始5ケ月後)まで.016×.022、.019×.025のNi-Tiにてレベリングを行った。

'96年7月1日(治療開始7ケ月後)から.019×.025ステンレス・スティール・ワイヤーのダブル・キーホール・ループにて上下顎前歯の舌側移動を開始した(図15)。図16は治療開始8ケ月後の口腔内写真を示す。

'97年3月17日(治療開始15ケ月後)ミッドライン・コレクションの目的でダイアゴナル・エラスティックの装着を試みたが、効果が得られなかったため、
'97年4月7日(治療開始16ケ月後)図17に示すような一歯づつ独立したスプリント(以下Mini Occlusal Splint=M.O.S.と略す)を上顎左右臼歯部に4メタ系レジンにて接着し、中心位で可及的に多くの歯が左右均等に接触するよう調整した。図18に示すようにM.O.S.接着約3ケ月後顎位は安定し、ミッド・ラインも一致した。

'97年7月1日(治療開始19ケ月後)M.O.S.を除去し、.021×.028メモ・フレックスにてディーテイリングを行った。

'97年7月29日(治療開始19ケ月後)ブラケット、バンドおよびワイヤーを除去した。
矯正治療後の結果は以下のとおりである。顔面写真を図19に口腔内写真を図20、21に中心位での咬合器付着状態を図22~24に示し、C.P.Iデータを図25に示した。側貌セファロを図26に、正貌セファロを図27に示した。パノラマX線写真を図28に示した。動的治療期間は1年7ケ月であった。

M.O.S.の作製方法
作製にあたり、正確で可及的に再現性の得られる中心位の採得が必要であり、中心位の記録に関しては中沢の方法6)を参考にした。

1. GC社のパターンレジンを錬和する。
2. 少量の水を入れ、餅状になるまで錬和する。
3. 前歯部のバイトを採り、レジン硬化後下顎前歯の圧痕が少し残る程度に削除し、口腔内に戻して再現性を確認する(図29)。
4. 臼歯部のバイトを即時重合レジンにて採得する。この際、ブラケットのウィング、スロットなどにレジンが入らないよう十分に注意する。
5. 上顎の面にはM.O.S.の外形と歯式を油性ペンにて記録する(図30)。
6. 下顎の面には咬頭頂を油性ペンにて記録し、僅かに圧痕が残る程度にレジンをフラットに削除する。
7. 外形に従い、一歯づつ分離する(図31)。
8. 4メタ系レジンにて上顎大臼歯の咬合面に接着する(図32)。
9. 下顎を中心位に誘導しながら、M.O.S.が左右均等に接触するよう、できるだけ小臼歯部付近で誘導するよう口腔内において調整する。また、下顎に自由度を持たせるため、咬合面はフラットに仕上げる。

考察
矯正治療前にアシンメトリーが認められるケースにおいては要因が何であるかを明らかにすることが重要であると思われ、要因として考えられるのは(1)骨格の変形(2)下顎の変位(3)歯の正中の変位の3つである。

矯正歯科医が対処できる要因は(2)下顎の変位(3)歯の正中の変位である。したがって、骨格の変形が要因であれば外科手術の併用を考慮しないと治療目標を達成することは大変困難であり、治療前に骨格の変形か下顎の変位かの鑑別診断が大変重要になってくる。そのためには、矯正治療前にスプリントにより、顎位を安定させるというステップは大変重要になる。

呈示症例においては矯正治療前の正貌セファロにおいて骨格的アシンメトリーは認められず、C.P.I.データでも下顎の変位は認められない。さらに口腔内写真においてもミッド・ラインがずれておらず、犬歯のオーバー・ジェットに左右差は認められない。以上のことから、矯正治療前にはアシンメトリーの要因は全く認められない。
しかしながら、抜歯スペース閉鎖開始時つまり矯正治療開始7ケ月後でミッド・ラインがずれ、犬歯のオーバー・ジェットの左右差が認められ、9ケ月後ではさらに大きくずれている。初診時年齢15才3ケ月の女子であるため、アブノ-マル・グロ-スの可能性は低く、矯正治療中において抜歯スペースは上下顎とも均等に閉鎖していることを考慮すると、矯正治療中にミッド・ラインがずれてきた原因として一番最初に考えられるのは"下顎の変位"である。したがって、下顎を中心位に安定させることが大変重要であると思われる。

しかし、この状況では上下顎6前歯を舌側に移動している途中であるため、通常のスプリントを装着することは困難である。そこでM.O.S.を用いることにより、矯正治療を中断することなく、下顎を安定させることができ、その結果ミッド・ラインを一致させることができた。このケースのように、下顎が変位しているためにミッド・ラインが一致していない場合にはM.O.S.の装着が大変有効であると思われる。

その他の症例においては、矯正治療中に咀嚼筋および顎関節部に自発痛を訴えた患者30名にM.O.S.を接着したところ、28名において症状の軽減を認めている。

結論
1. アシンメトリーが認められる症例において骨格の変形か下顎の変位かの鑑別診断をする上で、顎位を安定させることは大変重要であると思われる。

2. 左右均等に接触するM.O.S.を臼歯部に接着する事により矯正治療中の歯の動きによっても歯を削る事なく、また、矯正治療を中断することなく、顎位を安定させる事ができた。

参考文献
1)Roth, R.H. : Functional occlusion for the orthodontist. J. Clin. Orthod., 15 : 32-51, 1981.

2)Roth, R.H. and Rolfs, D.A. : Functional occlusion for the orthodontist Part ・. J. Clin. Orthod., 15 : 100-123, 1981.

3)Roth, R.H. : Functional occlusion for the orthodontist Part ・. J. Clin. Orthod., 15 : 174-198, 1981.

4)Roth, R.H. and Gordon, W.W. : Functional occlusion for the orthodontist Part ・. J. Clin. Orthod., 15 : 246-265, 1981.

5)根津 浩,ほか: 歯科矯正学バイオプログレッシブ診断学.第2版:100-144,ロッキ-マウンテンモリタ社(東京),1987.

6)中沢勝宏:入門顎関節症の臨床.第1版:100-104,医歯薬出版株式会社(東京),1992.

校正責任者:田中 勝治
連絡先:〒503-0887 岐阜県大垣市郭町3-25
(医)機能美会 田中矯正歯科医院
TEL:0584-73-8817、FAX:0548-81-0101

R. H. Roth and others have incorporated mandibular function analysis using C.P.I. (Condylar Position Indicator) and Axi-Path Recorder as part of orthodontic
diagnosis to achieve the treatment goal of establishing centric occlusion with the condyles seated in centric relation. Their approach is to stabilize the mandibular position with a splint prior to orthodontic treatment in patients with unstable mandibular positions due to Temporo-Mandibular Disorder, major CO-CR
discrepancy based on C.P.I. data, or facial asymmetry. The treatment procedures are simplified by utilizing the Straight Wire Appliance or SWA with necessary anatomical information built into the brackets, which are directly bonded to tooth surfaces. This comprehensive system integrating all the steps from diagnosis to treatment has improved the accuracy, reliability and simplicity of orthodontic treatment, contributing greatly to the advancement of modern orthodontics.

However, the loss of mandibular stability during orthodontic treatment is unavoidable due to difficulty of wearing a splint with an orthodontic appliance. This paper introduces the mini occlusal splint developed by the authors to compensate for this shortcoming.

The patient had no midline deviation initially. The C.P.I. data showed no discrepancy. There was no difference in the amount of cuspid overjet between the right and left sides. Space closure was accomplished equally on both sides. However, the midline deviation was noticed with a difference in the amount of cuspid overjet between the two sides at the time of space closure or 6 months after the beginning of orthodontic treatment. The midline deviation increased further 9 months into treatment. The most probable cause was "mandibular displacement". However, the patient was in the midst of maxillary anterior retraction, making it difficult to wear a regular splint. The mini occlusal splints were bonded onto the occlusal surfaces with an adhesive resin so that a maximum number of teeth could come into equal occlusal contact in CR. The mandibular position was stabilized and the midline deviation was eliminated approximately 3 months after the placement of the occlusal splints.

1) GC pattern resin is mixed. Pour in a small amount of water and mix to the consistency of a dough.

2) Take an anterior bite with the resin. Trim the resin to leave shallow indentations of incisal edges of the lower anterior teeth. Replace it in the mouth to check its reproducibility.

3) Take posterior bites with a quick-cure resin. Mark an outline of each splint and the tooth number on the upper side of the posterior bite and lower cusp tips on the bottom side with an indelible pen. Trim the resin to leave only cusp tip indentations. Grind each splint along the recorded outline.

4) Bond the splints to the occlusal surfaces of the upper molars.
1. It is very important to make a differential diagnosis to determine if the problem is skeletal or not. For this purpose, it is necessary to achieve a stable mandibular position prior to orthodontic treatment with a centric splint.

2. This case effectively demonstrates the effectiveness of the mini occlusal splints when midline deviation is caused by mandibular displacement.

3. In our practice, 30 patients have developed TMD symptoms during orthodontic treatment. The symptoms were eliminated in 28 patients of these patients.

図1 治療前の顔面写真
図2 治療前の口腔内写真
図3 治療前の口腔内写真
図4 中心位での咬合器付着状態(治療前)
図5 中心位での咬合器付着状態(治療前)
図6 中心位での咬合器付着状態(治療前)
  上顎左側第一小臼歯頬側咬頭内斜面と下顎同側第一小臼歯頬側咬頭にファ-スト・コンタクトを認める。
図7 治療前のC.P.I.
図8 治療前の側貌セファロ
図9 治療前の正貌セファロ
図10 治療前のパノラマX線写真
図11 治療前の顎関節規格写真
図12 治療前の顎関節規格写真
図13 V.T.O. (Visual Treatment Objective)
図14 治療開始時の口腔内写真
図15 治療開始7ケ月後の口腔内写真
図16 治療開始8ケ月後の口腔内写真
図17 治療開始16ケ月後の口腔内写真
  M.O.S.を上顎左右臼歯部に4メタ系レジンにて接着したところを示す。
図18 治療開始19ケ月後の口腔内写真
  顎位は安定し、ミッド・ラインも一致した状態を示す。
図19 治療後の顔面写真
図20 治療後の口腔内写真
図21 治療後の口腔内写真
  上下顎咬合面とTooth Positionerを装着した状態を示す。
図22 中心位での咬合器付着状態(治療後)
図23 中心位での咬合器付着状態(治療後)
図24 中心位での咬合器付着状態(治療後)
図25 治療後のC.P.I.
図26 治療後の側貌セファロ
図27 治療後の正貌セファロ
図28 治療後のパノラマX線写真
図29 前歯部での中心位の記録
図30 上顎の面にはM.O.S.の外形と歯式を油性ペンにて記録する。
図31 外形に従い、一歯づつ分離する
図32 4メタ系レジンにて上顎大臼歯の咬合面に接着する。


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